Wednesday, 1 December 2010

TOKYO CAMII

なんと、トルコにきましたー!!!

・・・なんちゃって・・・。
本当はここ、代々木上原のトルコ文化センターです。ごめんなさい。

先週。ハリッツへドーナツを買いに来たついでに代々木上原をぶらぶらしていていた際
静かな住宅街に突如として現れた、異国情緒あふれるこの建物。

「トルコ文化センター?なになに?」

カッパドキア、イスタンブール、のびるアイスにイルハン選手・・
トルコという言葉を聞いてそれくらいしか思い浮かばない無知なわたしですが、
念のためにカメラ持ってきてよかったぁと喜びつつ礼拝堂の中へ入ってみることに。

!!


思いの外すごすぎて絶句。


首が痛くなるくらいずーっと天井を見上げていたわたしたち。

トルコの職人さんを日本へ呼び寄せて造らせたというこの建物。
どの空間をとっても細かい技に、ただただ感嘆の声。

ここでは1日6回、毎日礼拝が行われています。
神聖な礼拝堂に入る際、女性はスカーフ(入り口に置いてある)で髪の毛を隠さないといけません。

近年、日本にて外国人登録しているトルコ人の数は2000人弱。
日本とトルコの関係は、そんなに古いものでは無いみたいです。

「1917年ロシアで発生したロシア革命の後、中央アジアの国々に居住していたイスラム教徒は
さまざまな拷問や弾圧をうけました。生命の危機を逃れるために、
その地方に居住していたイスラム教徒は海外への移住を始めました。その一部は、中央アジアから
シベリア鉄道を通って満州に移動・定住し、他の一部は小規模な商売をしながら韓国や日本に定住を始めました。

自国から逃亡し満州に定住した避難者にはパスポートがなく、
海外渡航の為のビザを取得することができませんでした。
しかし当時、日本政府が1500円の保証金の代わりにビザを発給することがわかり、
1920年代に満州に逃亡していたカザン州のトルコ人が、日本に定住を始めました。
カザン州のトルコ人は短期間で日本の生活に馴染みました。特に日本の気候は彼らにとって快適でした。
1922年の東京大震災発生の後、アメリカ政府は東京在住の外国人を救助するためアメリカへ招待し
横浜港に特別船を用意したにもかかわらず、トルコ人はこの招待を断り、日本を離れませんでした。」
(東京ジャーミイ・トルコ文化センターHPより)

ですって。へー!!
トルコが親日国と言われるのには、こんな歴史があるのですね。

東京にいながらトルコ旅行気分が味わえるなんて。またひとつ、お気に入りの場所がふえました。