Tuesday, 10 January 2012

The Remains of the Day

カズオ・イシグロの『日の名残り』。ブッカー賞受賞の名作。


まだ学部生だったころ英文で読まなければならなくて
「なにこれ全然面白くないよ・・・でも賞取ってる本が面白くないわけない。
面白くないと感じるのはきっとわたしの英語力のなさのせいだ」と、日本語訳を購入。
そしたらみるみるうちに夢中になった、ひとりの執事と彼を取り巻く人々の話。

執事、という言葉を聞いて何を思い出しますか?
「メイちゃんの執事」や「黒執事」?それとも池袋にある執事カフェでしょうか(←わたしいつか行きたい!)
しかし、この話に出てくる執事はイケメンでもなければ若くもありません。
日本でいったら「ちびまるこちゃん」に登場する花輪邸のじいやみたいな感じだと、わたしは思う。
(勝手すぎるイメージ)

おだやかで、控えめで、品格があり、誇りを持って仕事をしており、
ご主人様を喜ばすためならば部屋でこっそりジョークの練習もする・・・そんな人です。

舞台は1950年代のイギリス。「伝統と格式の英国」という印象も薄くなってきた時代。
かつて著名人の社交場であったお屋敷、ダーリントンホールに長年仕えている執事のスティーブンス。
数日間の休暇を許された彼は
かつての仕事仲間であった女性に貰った手紙がきっかけで、彼女に会うため旅に出ます。
車を走らせ、イギリスの美しい風景を肌で感じながら彼が回想してゆくのは
お屋敷がまだにぎやかであったあの頃のこと、父のこと、自分のことーーー。

本を読み始めたころは
「スティーブンスすごい。執事の中の執事と、栄光のダーリントンホール!」
と思わずには居られないほど華々しいエピソードが彼の口から語られるのですが
それだけでは終わらない。

カズオ・イシグロの小説で独白する者たちは「信用(信頼)できない語り手」であると言われています。
この作品のスティーブンス然り「わたしを離さないで」のキャシー然り。
彼らは判断力に欠ける子供でも精神疾患の人間でもありませんし
読者を騙そうとしているわけでもありません。
ただ、遠い過去の記憶が曖昧であったり、
自分に都合の悪いことはなるべく隠そうとしながらわたしたちに語りかけるため
小説を読み進めているうちに、所々話のつじつまの合わないところが出てくるのです。
「ちょっとスティーブンス、さっきと言ってることちがうじゃないの!どういうこと?」といった具合に。

ここが、この小説のおもしろいところ!!

わたしたちに語りかけるため、自身の記憶を整理し直してみたとき
スティーブンスは、自分の過去が必ずしも幸せであったわけではないと気付いてしまうのです。
彼の信じていた執事の品格・美徳というものは、見方を変えればただの鈍感さであった、ということ。

かつての女中頭、ミセス・ベンは彼に向って言います。

「ときにみじめになる瞬間がないわけではありません。とてもみじめになって、
わたしの人生はなんて大きな間違いだったことかしらと、そんなことを考えてみたりもします。
そして、もしかしたら実現していたかもしれない別の人生を、より良い人生を、考えたりするのですわ。」

この言葉は初めて読んだときからずーっとずーっとわたしの中に残っています。
この後スティーブンスは涙を流すのです。夕暮れの桟橋で、一度しかない人生の意味を噛み締めながら。
このシーンはいつ読んでも泣けてくる・・・。

静かな感動という言葉がぴったりの小説。本当にすごい。



★クリックミープリーズ★
↓↓