Wednesday, 18 January 2012

The Theory of "Kawaii"

みなさん、「かわいい」と聞いてパッと思い出すものは何ですか?

わたしの場合
ネコ、こぶた、Paul and Joeのコスメパッケージ、みずたま模様、カップケーキ
チェコ、ノルディック柄のセーター、marc by marc jacobsのmiss marcちゃん
iphoneのChat Petアプリで届くちゅーめいちゃんからのメッセージ、ラズベリー色のジェラード
カイ・ニールセンの挿絵、バレエシューズ、真っ赤なネイルポリッシュ、赤ちゃん、はにかむ人
オシャレをしたおじいちゃんおばあちゃん・・・などなど、挙げても挙げてもきりがありません。

だって今や世の中は「かわいい」のインフレーション。あれもかわいい、これもかわいい、全部かわいい。
それはとても便利な言葉。「かわいい」には賛嘆の感情も、時に侮蔑の感情も含めることができる。
ここでふと思ったのです。
わたしってば、無意識になんでもかんでも「かわいい」の一言で済ませ過ぎではないかしら?
そもそも、かわいいって、一体なんじゃろ?と。

しかし1人で考えれば考える程に頭がこんがらがってきて、思考回路はショート寸前・・・。
そんなわたしのどーでもいい疑問を解決してくれるのではないかと思い、こちらの本を読みました。

その名も『かわいい論』。

2006年出版なので日本の雑誌やメディアについて論じている箇所の情報の古さはあるものの
かわいいについての大学生アンケート(これがとても笑える)やイタリアのセーラームーン、
グレタ・ガルボとヘップバーン、太宰治にヘンリー・ダーガー、萌えカルチャー
果てはアウシュビッツの壁画に書かれたかわいい子猫の絵にまで言及し
多角的なアプローチで「かわいい」の正体をさぐろうとしているので
各章ごとに読むと結構興味深くて面白かったです。

「かわいい」という言葉がまだ誕生していなかった平安時代。
清少納言の『枕草子』にでてくる「うつくし」という表現が
現代の「かわいい」の意味を示すというのは高校の古典で習った通り。
当時の人々は小さいものや大人の庇護を必要とするものを「かわいい」と考えていた。
それから千年以上の時が経ち、その「小さいもの、幼いもの」に消費社会を形成する要素としての
ノスタルジア、スーヴニールが加えられて現代の「かわいい」が成り立っている。
それは今となってはグロテスクな存在と限りなく隣り合わせのものなのである。
・・・ってことでいいのでしょうか、先生。

「かわいい」とグロテスクは紙一重であるいう点には大いに納得するところです。
ガーリーだとか少女趣味とか言われる映画や本を見ていると、本当にその通りだなぁと思う。

ただ、その後の展開でせっかく広げに広げた話がまとまらず
結論が宙ぶらりんのまま本が終わってしまうという点が非常に残念であり、それと同時に
「やっぱり現代におけるかわいいの価値観というのは多様化しすぎて個人によって感じ方が異なるし
それを俯瞰で捉えて論じるっていうのは無理なのね」と思うに至りました。
それも仕方ないこと・・・
世の中の「かわいい」は、ものすごい早さと量でアップデートされているのだから。

だったらもっと単純でプラクティカルな答えを見つけたい。
「かわいい」を読み解く本、実はもう一冊買ってあるので、そっちも読んでみようと思います。


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