Sunday, 28 October 2012

IZIS- PARIS DES REVES

もう2週間も前のことだけれど、日本橋三越にて開催されていた
『イジス写真展ーパリに見た夢』へと行ってきました。
5日間だけの写真展。
お仕事先で招待券を頂かなかったらきっとイジスという写真家の名前すら知らないままだったかも知れない。

ロベール・ドアノー、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ブラッサイらと同時代を生きた
ヒューマニズムの写真家イジス。
1911年ロシア占領下のリトアニアの貧しい家庭に生まれたイズラエル・ビーデルマン。
ヘブライ語学校で「夢みる人」とあだ名を付けられた彼こそが後のイジスでした。
建具屋にしようとする父の意思に反して写真の修行と絵画に没頭した彼は
19歳の誕生日を迎えるちょうど一週間前、1930年の1月11日に
憧れてやまなかったフランスはパリの北駅へ降り立ち、
貧困に耐え、戦争に翻弄されながら写真家としてのキャリアをスタートさせたのです。


パリの夢・解放の夢・芸術家たちの夢・楽園の夢・ロンドンの夢・約束の土地の夢・サーカスの夢
という7編で構成されていた今回の写真展。

会場に入ると一番始めに目に入ってきたのは
第二次世界大戦下、疎開先のリモージュ解放に伴いフランス解放軍に参加したイジスが撮影した
地下活動を行うレジスタンスの闘士たちの写真でした。
制服に身を包み、無精髭をはやし、銃を抱えタバコをくわえたマキ(抗独レジスタンス活動家)の姿。
イジスはこの撮影にあたってあらゆる芸術性を排除し、
何よりもありのままの写真の真実性を何よりも優先したと言います。
迷いなど一切なく、凛とした男達の眼差しに色々なストーリーを想像して
のっけから目頭が熱くなってしまいましたよ・・・。

さて、イジスが本写真展のタイトルにもなっている「パリ」を本格的に撮影し始めたのは
第二次世界大戦が終わってからのことでした。
イジスの切りとったパリの写真の数々は、先に見たマキの写真と正反対にリアリズムが抑制され
その分夢想的で詩情あふれるものとなっています。
パリの子供、恋人、そして浮浪者も。
ロベール・ドアノーの写真のようには作り込まれていない(感じがする)のに
現実と非現実の狭間を行き交う、夢うつつな雰囲気があふれているイジスの写真。
これはきっと、イジスにとっての「憧れの楽園としてのパリ」そのものだったのだなぁと。

『ファルギエール広場』1949年

『セーヌ川』撮影年不詳

『ロシュシュアール大通り』1959年

『ミヌート・プレヴェール』1951年

『ポール・ド・パッシー』1948年

『ポワソニエール大通り』1949年

『チュイルリー公園』1950年

『ヴィクトール・バッシュ広場』1950年


「何故パリなのか?パリは私の想像力をかき立ててきたからだ。パリは光の都市だった。
私にとって、あらゆることがパリで起こった。
1931年にはロンドンもNYもベルリンも私を惹き付けはしなかった。
人々はフランスの小説を読み熱心にフランス史を学んだ。我々にとって、想像の中のパリは
他の人にとってはアメリカがそうであったように、ヨーロッパの楽園だった。
人間のエスプリ、自由、平等、そして文化の国フランスに魅了されていた。
私たちが夢を見たのはそんな国だった。」

「私はパリ以外のどんな場所でも生きることはできないだろう。
パリを一巡りしたくなるたびに、セーヌ岸から散策をはじめる。
一枚も写真を撮らないこともよくあるが、それでもセーヌから歩き始める。
(大戦が終わり)パリが解放されてこの町へ戻ったとき、セーヌ川へ行って泣いたことを思い出す・・・」

「しばしば、わたしの写真は現実的でないと言われる。
わたしの写真は現実的ではないかもしれないが、それがわたしの現実だ。」


20万人以上が犠牲になったと言われる大戦直後のフランスの現実は、厳しいものだったに違いありません。
それでも、パリに憧れパリを愛し、パリに没した異邦人イジスは
彼が少年時代にリトアニアで夢見ていた楽園のイメージと同一のものーーー
「非歴史的で神話的な理想郷」としてのパリをを撮り続けたのです。

その視点はどこまでも夢見がちで「よその土地からやってきた人」という感がする・・・。

彼は永遠の旅行者だったのかもしれません。