Monday, 26 November 2012

QUATRE NUITS D'UN REVEUR

ロベール・ブレッソンの『白夜』。
ドストエフスキーの短編小説を基に制作されたこの幻の映画が
ニュープリントでユーロスペースに甦った。
わたしが観に行った日、平日にも関わらず劇場が大変に賑わっていたのを覚えています。

映画を見終わったとき
「なぜわたしは原作となったドストエフスキーの小説を読まず、
ルキノ・ヴィスコンティ版の『白夜』も観ないまま、のこのことここへ来てしまったのか!
色々比べられたらもっと楽しかったのに!」
と激しく後悔しました。


原作の舞台は19世紀のペテルブルクらしいのですが、この映画では70年代のパリに移されています。


パリ。
画家のジャックは、夜のポンヌフで思い詰めた表情をしている美しい女性マルトを見かけます。
一旦通り過ぎるふりをしてから再びポンヌフへ目をやると、彼女は今にもセーヌ川に身を投げようとしている。

恋人に「自分が結婚できる身分になったら1年後ここで会おう。」と言われており
今日が丁度その1年後だというのに、彼が現れる気配は一向になく絶望しているのだ、と彼女はいいました。

ジャックはマルトに惹かれているという感情をひた隠しにして
次の日も、また次の日も、彼女とポンヌフで会うようになるのですが・・・。


夜のポンヌフ、黒いマント、白いネグリジェ、テープレコーダー、
石畳をこつこつと歩く靴音、
「あなたはいい人、だってわたしのことが好きじゃないから」
きらきら光るセーヌ川の舟、流しのギター弾き。
全体を通してというよりも断片的なイメージの方が強く頭にのこる映画でした。


プロの俳優の起用を好まなかったというブレッソン。
この映画も例にもれず主人公達は素人を起用し、台詞に抑揚は無く表情だってほとんどが無表情で
まるで美しいだけの人形のようです。
そのかわりに
カメラでクローズアップされ丁寧に描写される手の動き、艶かしい脚の様子、肌の質感が
静かに男女の心情を表現しているのでした。
ゆっくりとドアを開けるジャックの手のカットがとても印象的だったなぁ。
とても美しい手をしていたの。

家族や友人の気配が全くなく、孤独な生活をしている様子のジャック。
野原ででんぐり返しをしてはひとり喜んだり、街で見知らぬ美しい人を見かける度にこっそりと後をつけたり
運命の女性との出会いを妄想してはその詩的なストーリーをテープレコーダーにせっせと録音したり
元からなかなかに変わった青年なのですが、
マルトに恋をしてからというもの
「マルト、マルト、マルト・・・」
と延々彼女の名前をテープレコーダーに吹き込んでそれをジャケットの下に隠して持ち歩き
ついには公共の乗り物バスの中でテープを再生し始めたものだから、
あぁあなたの変人ぶりはエスカレートするばかりですねと少し笑ってしまった。
笑ったけれど、なんだか彼の深い深い寂しさを知った気がして、同時に悲しくもなりました。

こういった主人公はやっぱり最後裏切られる運命にある。
そんなことは目に見えているのだけど
少しだけの明るい希望も持ちながらこの映画を観てた。

儚く美しく、虚ろで夢のような4日間の物語でした。