Thursday, 17 January 2013

The Marriage of Maria Braun

「古い映画は死んだ。我々は新しい映画を信じる。」

フランスがヌーヴェルバーグ、イタリアがネオ・レアリズモならば
1960年代のドイツはニュー・ジャーマン・シネマでした。
第二次世界大戦以前の商業的な大作映画ではなく、低予算で、ユニークで、良質な作品をつくる。
若き才能のあつまったひとつの時代。

この新しい西ドイツ映画の主流をつくりあげた映画監督の1人
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの作品がイメージフォーラムにて5週間だけ甦る・・・
去年の暮れにそう聞いて、これは是非とも観なければ!と思っていたのを
やっとやっとやっと、上映の終わる一日前の今日観ることができたのです。

涙は全くでないけど、あぁほんとうに、ぶるぶると震える素晴らしい映画だった。

『マリア・ブラウンの結婚』。

第二次世界大戦も終わりを迎える寸前のある日
爆撃下の戸籍登記所で結婚式をあげたマリアとヘルマン・ブラウン。
しかし半日と一晩をともに過ごした後、ヘルマンは東部戦線へと遠征してしまいます。
あまりにも短すぎた2人一緒の時間。
母と祖父との貧しい生活を支える為にアメリカ占領軍御用達のバーで働き始めたマリアは
ある日戦地より帰還した親友の夫からヘルマンの死を聞き、打ちひしがれて
仕事先の常連だった黒人のアメリカ人兵士の求愛を受け入れました。
しばらくして彼女は妊娠。やっと穏やかで平和な暮らしを手に入れたかと思ったとき
なんと死んだと思っていたヘルマンがロシアでの抑留生活を終えて帰郷してくるのです。
その動揺からアメリカ兵を瓶で殴り殺してしまうマリア。彼女の罪を全て被った夫。
再び離ればなれになってしまった愛するヘルマンのため、マリアはある決心をしたのでした・・・。

冒頭スクリーンにバーンと映し出されるアドルフ・ヒトラーの写真。
それが爆風で破られて、この映画はスタートします。
戸籍登記所と書かれた建物の壁が空爆により壊されて室内の様子があらわになると
そこには結婚の誓いを交わしている最中の男女の姿。
わめき叫び屋外へと避難する人々。
「待て!逃げるな!」
風に飛ばされそうになる婚姻届を必死につかみ、地面に這いつくばって結婚の署名をする。
そこに次々と役者やスタッフの名前が現れ、たくさんの赤い文字で画面が埋め尽くされてゆく。

なんとまぁ印象的なオープニングだったことか!

バー勤めの女が己の美しさと頭の良さで男達を翻弄し、実業家にまでのぼりつめる話。
戦後の混乱を必死に生き抜いた女の、ささやかな幸福とありあまる破滅の話。
ときどき流れるサスペンス調の大袈裟な音楽とくすっと笑わせてくれる台詞が
(特に家族の会話とマリアの裁判での独英通訳者の様子が面白い)
この映画にどこかお茶の間劇場的なエッセンスを与えていてそこがずるい程に憎らしかった!
これは壮大な恋愛劇であり成り上がり劇でありコメディであり史劇であって悲劇なのです。

執拗なくらいアップで映されていた、タバコをくわえる彼女の唇とコンロの火。
亡くなった愛人からの莫大な遺産が入り、愛する夫も戻ってきて
今からまさに順風満帆な毎日を迎えるはずだったマリアの最期はあまりにも衝撃的であったけれど
同時に「あぁやっぱり・・・」と思う自分もいたりして。
「ドイツが勝利!試合終了ー!試合終了ー!」
サッカーの実況中継をしているアナウンサーの高揚した声がマリアたちの死の瞬間に響き渡ります。
そう、終わったのだ。終わったのだよ、と。

エンディングではこれまたドーンとアデナウアー首相の写真が写り、
ここでわたしたちはマリアが戦後の西ドイツの象徴であったのだと気付かされます。
初めはアメリカ兵を、その後はフランス人実業家を利用しマリアが社会的な地位をあげていくその様子は
米国によるマーシャルプランと仏独間で戦争を繰り返さないという考えが基盤のECSCを経て
世界も驚く劇的な経済復興を成し遂げた西ドイツの様子としっかり重なっていたのだと・・・。
(映画の後わたしが家で世界史の教科書を開いたのは言うまでもないこと。懐かしい世界史。大好きな世界史!)
劇中アデナウアーの再軍備宣言から時を経たなくしてマリアが一生を終えること自体が
「戦後の西ドイツ」の終わりを、
そしてNATOにも加盟した「新生西ドイツ」の始まりを暗喩しているのでしょうね。

こんなに見事な面白い映画だったとは。
37歳という若さで逝去したファスビンダー、恐ろしい監督。