Sunday, 5 May 2013

Cléo de 5 à 7

先月、旧日仏学院(どうもアンスティチュ・フランセという呼び方に慣れないのだよ)のスクリーンで観た
アニエス・ヴァルダ監督の作品『5時から7時までのクレオ』。

とても好きな映画だったなぁ。

不安なとき程じっとしていられなくってあちこち動き回るのに
頭の中には全く目の前の情報が入ってこなくって、ただただソワソワするばかり。
そんな経験はきっと誰にだってあるのではないでしょうか。


これは主人公のシャンソン歌手クレオが自分が癌で死ぬかもしれないという恐怖に苛まれながら
精密検査結果が出る夜7時までの2時間、ひたすらパリを彷徨う映画です。

5時。不安だらけのクレオは気晴らしに占いへ行くも「死の影が見える」と告げられてしまいます。
カフェへ行っても買い物をしても友人と会っても恋人と会っても、歌を歌ったって気分は晴れません。
「わたしは癌でもうすぐ死んでしまうのよ。」
しかし周囲は誰も彼女の言葉を真に受けてはくれませんでした。
クレオは水玉のワンピースから絶望の黒いワンピースに着替えて、夕方のパリの街へと再び繰り出します。
7時が近づくにつれてより強まってゆく死への恐れ。どこに行ってもうわの空。
そんな時、公園で彼女はアルジェリア戦争から一時帰国中の軍人アントワーヌと出会うのでした。
彼とたわいもないこと、お互いのこと、生死について話すうち
心がすーっと軽くなってゆくのを感じたクレオ。
6時半。2人はバスに乗り込み病院へと向いました。
検査結果の出る約束の7時は、もうすぐやってきます。


ヌーヴェルヴァーグまっ只中の1962年。
占い師がタロットをきるオープニングはオレンジがかったカラーで撮影されているのに
その後映し出されるクレオのシーンから突然白黒に。

アラン・レネやジャック・ドゥミと共にパリ左岸派を代表する女性監督A.ヴァルダによる本作一番の特徴は
スクリーンの隅っこに「5時3分から5時10分までのクレオ」なんていうキャプションが登場し
ほぼリアルタイムでストーリーが進んでゆくところ。
TVドラマ『24』のように、わたしたちがスクリーンの前で感じている時間感覚とまったく同じ時を
クレオは過ごしている。
 それによってクレオの心理描写がよりリアルなものになっているのです。

「醜いは死、美しいは生。」
「誰もわたしのことを解ってくれない。わたしは死ぬというのに。」
「誰かといても悲しいほどに孤独。」
というクレオの考えとその行動は、ザ・オンナ!といった感じで
同年代の男性監督が
もしかしたら理想の女性の延長として撮影していたかもしれない様なヒロイン像とは違いました。
それに加えて、迫り来る死という重苦しい題材を扱いながらも常に優しい視点が感じられたのが印象的だった。
ふとヴァレリー・ドンゼッリやフレンチ・フィメール・ニューウェーブのミア・ハンセン=ラヴ辺りを
思い出しました。

若き日のゴダールとアンナ・カリーナ、ジャン=クロード・ブリアリがカメオ出演していたり
大作曲家のミシェル・ルグランが作曲家のボブ役として登場しクレオに曲を提供したりと
主人公以外のところでも凄いことが起こっている『5時から7時までのクレオ』。

この作品を観たことによって、わたしの60年代への憧れはただただ増すばかりです・・・。